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私は昔から誰も見た事が無い天地創造を誰が記述出来たのだろうかと素朴に思っていましたが、当たり前ですよね!?創世記の記述の本質が天地創造に託した全く違う事だったのでは無いかと、この数年来考えていました。こんな子供騙しの物語りを大人が真に受けてどうかしてるよ!と思っていましたよ!我々はとっくに近・現代と云う時を経験しているではないですか?何時迄もアナクロニズムにからめとられている必要はないのですよ!最近では解決の糸口を構造的解析に求める事により次第にトーラーの輪郭がハッキリと焦点が合って来たように思います。構造的解析とは特定の解釈をする事とは違いますが、トーラーの裸の状態、骨格を確認する作業にしか過ぎないと私は思っています。ただ、これが解釈を最終的には左右する影響を持つに至るであろうと言う事は決して否定はしません。解釈に影響を与えるとは、従来の見解、解釈を見直す事に至らせる事を排除出来ないだろうと言う事なのです。キッカケを作る事ができれば良いのですが、元より特定の解釈に誘導するつもりはありません。 さて、創世記冒頭を思い出して頂きたいと思います。Bere'shith bara' Elohim神が創造したと言うところは動詞bara'ですね。この動詞はヘブライ語辞典では神の専用動詞らしいのですが、創造したの意味あります。ところが、今から数年前にオランダの考古学者Ellen van Wolde教授が古代セム語系言語を比較、精査した結果、天地を創造した=createdの意味ではなく、天地を分けた=separatedという提案を行いました。私はこの提案をそのまま頂くと言う考えを持ちませんでしたが、提案は提案として大変驚き、且つ感銘も受けました。が、私はto create とto separateとの関連の方が気になったのです。そこで、ヘブライ語にto createの意味だけが残り何故古代語にto separateがあると言うのが次の疑問、課題でした。今、これに答えが見つかった訳ではありません。そこで、少し高い本でしたが、「A Comprehensive Etymological Dictionary of Hebrew Language」(CED-HL)と言う本を教えて頂いて、調べて見ました。ヘブライ語、アラビア語も含まれててしまいますが、to separateそのものはありませんでしたが、to create以外の意味として、to cut down a forest, to be fat, to recover from disease, to get well, to get strong, to find, to build等の意味を見つける事が出来ました。則ち、寧ろ、創造の意味の方が派生語である可能性があると言う事が、創世記の物語りを潜る事よって生成し得たのではないかと思い至ったのです。特にヘブライ語ではトーラーを通して派生的な意味が定着した可能性も考慮出来るのではないかと、思い至ったのです。それはどう言う事かと言いますと、神が創造する過程が、人間の覚醒と認識のあり方に非常に近似である事に気がついたからです。認識のあり方にとは、対象物をハッキリと分析し、整理して捉えて行く事以外に考えられなかったのです。対象物を分析するとは事物の各々の差違を認識する事に他なりません。古代ヘブライ人がどの様に神を捉えたかはこ今後の課題ですが、創造とは認識された対象物がまず存在しなければあり得ない事なので、古代ヘブライ人がそこに気がついていたからこそ創造とはまず認識する事に始まる、対象となる事物を「切り分ける」と言う行為に重ねていったのではないかと思い至ったわけです。 抑が神が創造するなどと言うことは人間が既に認識出来てるものしか創造し得ない事を解っていなければならなかったのです。神が創造すると云う言い方事自身がそのまゝでは既に矛盾を孕んでいたというべきなのです。被造物と言われる我々の前に名付けられた創造物なんてあり得ないのです。しかし、そんな事より、古代ヘブライ人はこの物語の先に更に重要なことを託していたのです。後日、稿を改めて続けます。 |
מבנה
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2012年11月26日月曜日
| 24)果たして神は天地を創造したのでしょうか?物語りの主な目的は?? |
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