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2014年8月28日木曜日

  
非計測的文法項目と表現技術の問題

  
ヘブライ語や英語、中国語など多くの言語は大なり小なり非計測的文法項目を統語法(syntax)等の形で持っています。
統語法は比較的簡単な方程式で記述は出来ますが、明確な文法指標を持たない事も多い種類のものなので、実際の解釈は慣習に依存する場合も多いと思います。文法項目と表現技術との間には明確な境界線を描く事は難しいのですが、何を言いたいかをじっくり見極める事が非計測的文法項目の質を観る事に繋がると思います。従って、一見文法上の矛盾を無理に合理化する事に走るのではなく、何を表現したいのかと言う事を外さない様に読むと言う態度が最低限の必要な事であろうと思います。
一見文法上の矛盾と見えている事は、現代人が感じているに過ぎない矛盾という事ですので、古代のヘブライ語が如何なる発展途上にあるのかは実証する事は不可能と言っても良いと思いますので、古代人が一字一句も書き換えてはいけないと口を酸っぱくして伝承している様に、合理化する事は既に書き換えと同様の事であると心得たら良いと思います。
この問題は何処に繋がるかと言いますと「神名Elohim」が何故単数扱いされているかと言う処に繋がって行きます。この問題はトーラーに責任がある事では一切ありません。矛盾でも何でもありません。寧ろ現代人が文法に拘束されているとしか言い様がありません。文法とは言語が何がしかの発展を遂げた末に定式化された概念、整理されたものです。文法とは既に現代の目で観ていると白状している様なものです。「神名Elohim」と単数動詞と組み合わさる事で表現を獲得していると言わなければならないのです。そして、それが単純に翻訳され得るという安易な理解は慎むべきと思います。この様に表現したのはどの様な理由によるものかを翻訳の前に考えるべき事であると強調しておきたいと思います。
  

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