| 宗教と名のつくものは某かの世界観を提供し乍ら、片手に救済を謳いますが、もう片手には組織のヒエラルキー化を計り、温存し当初の目的を一切振り返らない、省みない時もあります。更に救済の仮面は平然とかなぐり捨てる時もあります。ある時には政治的に振舞い、既得権益層の利益に加担するなど、片方の弱者救済には一切目もくれない振る舞いもします。その点の認識は2000年前のイエスとは共通の批判点を持つ者ですが、但し社会の構造分析は停止したくありませんし、固定的には捉えない立場なのでその意味ではユダヤ的思想と同じく、弛まぬ分析を求めると言う立場にいますので、固定的観念が政治的に利用される風景には危うさを感じざるを得ないのです。 |
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