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2015年3月10日火曜日

197)人の精神「心」は不可視乍ら人の営為の範囲内である!

不可視と言えば人の精神「心」ですが、不可視とは言え、それは人の生存の為の営為の一部ですから、知恵も能力も自らの範囲内で律する根源です。自己の範囲を越えた場合は人は他者との共有と言う方法を採って知恵と能力の拡張を図ります。これが人間の最大の特徴です。従って精神「心」は不可視乍ら人の営為の一部です。不可視乍ら言葉を駆使して共有の側に踏み出すのです。言葉は自己表現でもあると同時に共有の場に提供するものでもあります。その意味で不可視乍らこの現実の世界のものです。
日本語の「こころ」は北東アジアモンゴロイド牧畜民族の中で解剖的知見の集積を背景として生まれたと思われます。「koko」も「oro」も脾臓の様な内臓小器官の名称で、精神活動の根源を内蔵器官に求めた痕跡です。「koko」なのか「oro」なのかでは無くどちらも「こころ」の在り処として考えられていたので、より意味を明確化する為に合成したと見るべきです。又、内蔵器官に求めたのは精神の実体が宿る場所を求めたからであろうと考えます。

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