מבנה

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2015年4月22日水曜日

230)偶像とは何だったのか?

アブラハムがカナンに旅立った理由はトーラーには明記されていません。カナンについては名前だけは何度も登場します。アガダーにはアブラハムのエピソードが父親との確執が描写されています。アブラハムの物語は偶像崇拝との関係で語られる事が多い様です。日本では長い間の仏教文化の為に抜け出せない彫像に関する観念形式が染み付いています。仏教はヒンドゥー教を知らなければ解らないことが多いのですが、寧ろ彫像作製については、ヘレニズムの洗礼を受けている節があるので、仏像作製に手を染めた経緯があると思います。日本は折角神道と言う固有性を持ち乍ら、仏教の分析的思考方法に押されてしまっています。神道とて言葉上の共通の問題もあります。仏像の様なものはありませんが神名に極めて具体的なイメージ的造形があります。神道には彫像作製の伝統はありませんでした。イスラム教はヘレニズムの影響下にあり乍ら彫像作製には拒絶して来たと思います。現在、イスラム教過激派と言われるグループによる仏教遺跡の破壊が続いていますが、恐らく偶像破壊が消滅した段階での再把握、再認識の為のターゲットにされたのでしょう。遺跡が文化遺産との認識が出来なかったと言う事ではないでしょうか?
トーラーにおいては偶像は人の力の根源では無いとの主張があり、人は知恵と、力強い一貫性を持ち、自律した思考を持つ事が最善の生き方なんだと言う主張を語ったという事ではなかったでしょうか?

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