מבנה

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2015年5月3日日曜日

239)何故今宗教なのか?

トーラーを維持して来たユダヤ教は時代が変動期にあっても、旧態を巧みに躱し生き残って来たと思います。しかし、その生き残り方は必ず旧い中心的な哲学を残し、新しい文化に吸収される事なく、逆に新しい文化に働きかける方法を採ったとと言う事だと思います。しかし、世界の流動性は部族国家を押し潰し、帝国主義が新たな市民社会を欲した為、ユダヤ社会も市民社会を受け入れざるを得なかったと思えます。但し、当時のユダヤ教には市民社会と言う個人を単位とした論理は持たなかったので、風化、解体をせざるを得なかったと思えます。それに取って代わったのがキリスト教と言う事になったと思います。キリスト教にはディアスポラと言う概念はなく、福音、拡散が寧ろ、中心的課題だった筈です。ユダヤを守るべき宗教が、帝国を守る宗教に変貌した瞬間です。しかし、キリスト教がユダヤ教の宗教改革だったのかは疑問です。ユダヤ教とヘレニズムの接点に生じた文化現象と言う事だったかも知れません。
現在、世界はどう言う変貌を遂げようとしているのかは解りません。余りにも多くを知り過ぎてもいます。それでも予測が殆んど出来ません。が、この世界に生きていると言う事は、今其々が持っている利害を抜きには語れないと言う事は忘れてはならないと思います。利害に基づいて人は生きている事はハッキリしています。そこに綺麗事を持ち込むのは大して意味のないことと思います。
実は既にその様な世界は既に始まっていたのですが、どう言う訳か日本人は世界が大規模に変動しようとしている事に気がつくのが大変遅過ぎて昭和の前半を多大な犠牲を出して無駄に過ごしてしまったのです。国民の命を湯水の如く浪費して結局守れたものは何だったのでしょうか?ここに、日本人が世界を学ぶ視点の重大な欠陥を感じます。ヨーロッパは多くの苦い経験を経て新しい仕組みを作り上げたのですが、日本を含む東アジアは旧い体制を脱ぎ捨てるチャンスが非常に遅れました。そして、東アジアは新たな仕組みを構築する事を何故か躊躇するところがあります。自ら解体して、組み直す事に踏み出せないのです。企業人には理解出来る理屈なんですが、政治家は遅れ過ぎています。更に遅れているのが宗教人です。宗教は旧い言葉を一切精算して現実にコンタクトして生き残ると言うより衣を脱捨て変身しなければ存立が危ぶまれます宗教が自らを対象化して科学的に登場し直さなければ単なる狂人の集団になってしまいます!

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