| 我々は極東の地に居てトーラーを辛うじて直接手に取る事が出来ました。この事自体は慶びとしているのですが、ここに至るまでには様々な偶然も含めた経緯があっての事だったと言えます。先ず明治維新=開国=キリスト教宣教。戦争。国家変容。時代変遷。これ等全てが他動的な偶然だったとは言え時の波は乗り越えるしかなかったと思います。トーラーの思想的体験は今迄の体験とは全く違った感動的思想的体験に接する事になったと思います。これは日本において数少ないながら尽力した方々が居たお陰でもありますが、もうひとつある別の思想的体験者の存在も見逃す事は出来ないと思います。日本にはトーラー研究の歴史は浅いものの、左翼的思想の経験者は豊富だった為、窮屈過ぎる位の人材を持っていたと思います。左翼的思想自体は多くをヨーロッパの思想の引き写しが多かったとは言え、悲劇的に行き着く所迄行ってしまったと言えます。その様な敗残兵的体験者の中から汚泥から這い出そうとしている群れが宗教的以外の形でトーラー思想に出会いつつあると言う事が出来ます。過去には明治維新以降ヨーロッパ思想の丸写しを試みて見事に失敗をし、全く省みる契機を持てずにいたのです。左翼的思想も含めてどの傾向の思想であれ、日本には自前の思想を形作る思想的根拠が薄弱であったと言うしかありませんでした。これはどの様な思想的基盤を持とうと変わる事はなかったと思います。左右の相反する谷間で自ら手を差し出す事はない乍ら、不足、不徳を認め合う気運は存在します。左右は共有するところが少ないとは雖も現時点の共有が無くとも将来の展望を共有する事が全く無いとはいえないのだ共有の手法は困難中ににあると言って良いが、これ迄の経緯を一旦脱ぎ捨ててふりかえる事をしなければ前に進む事も出来ない訳では無いだろう!/…… |
מבנה
連絡先⬛︎graphico_ss@icloud.comへご質問がありましたらこちらにメールを下さい!療養中の身なれば固定電話は簡単には出られませんので。何卒、お許しください。
2015年6月3日水曜日
| 175)トーラーとの出会いは漸く |
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿