| 宗教は創出された瞬間には人の生き方の為を考えられていた筈なのでしょうが、次第に時代を経るつれ、自らが時代に通じなくなる事に鈍感になる様です。何故そうなるのかは①時代が言葉を更新しており、移り変わって行っているからでしょう。②創始された時の感性が既に当事者不在の為完全には再現出来ない為だからでしょう。③後代が創始期を神聖化する余り、実像が曖昧になってしまうからではないでしょうか。等が考えられます。いずれにしても、宗教維持者は内向きのままを維持するでしょうから、自ら省みる事はないでしょう。自らの言葉に安住したまま教団から与えられた言葉を脱ぎ捨てられずに自ら更新出来ないのでしょう。教団は飽くまで伝承を担当しただけですから、個人に言葉まで押し付ける事には限度がある筈です。 |
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