מבנה

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2015年11月15日日曜日

301)主観的な領域から客観的な領域へと

これ迄宛ど無く思索のみの駄文を認ためて来たのだが、もうそろそろ整理して、理解を求められる様に努力をしなければならない時期になったと思う。自己内部の議論項目は現在の所出尽くしたと思う。今後は主観的な領域から客観的な領域へと場所を変える必要があろう。先ず、手を付けるべき所は当該テキストの区切りを必要な形にしておかなければならない。何故なら、トーラーのテキストは只書き連ねてあるだけではないと思うからだ。区切りで物語の役割り、単位が明確になり、以降の議論に基礎を与えるものになるからだ。
日本語訳にも小題が付いているが目的が違うのでこれは用いない。改めて物語を吟味して区切る事になる。
ユダヤ教朗誦の区切りをパラシャー(parashat ha-shavua')と言うが、これは朗誦が一年五十二週間(重複週を含むと五十四週間分程)で読みきる為の区切りなのでこれも適切な物語の区分なのか不明である。今これを物語としての区切りなのかが不明である。
物語に区切った後すべき事は、物語どうしの関係を機械的幾何学的に「①落差Gap」「②progress増幅or減少」「③テキスト上のポジティブ、ネガティブ等主観的な判断」等を観てテキスト上の客観的事実を記述して行くことになる。これはテキストが言外に述べている意識を探る方法となる。

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