מבנה

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2016年1月28日木曜日

390)喩で何を訴求しているのか考える

能くでも無いが「神様って居るのか知ら?」と言う言い方をされる方がいるが、小学生低学年の子がサンタクロースって居るのかな?と疑問を持ったりするのに似ているが、先ず一般的に神と定義されたものがあっただろうか? その定義に合った存在があればあると言えるが少しでも思い通りの定義されるものがなければ、無いのである。そう言う判断で十分なのにも関わらず神が居るか居ないかの事でで思い悩む必要は全く無いのだ!では、その定義とは何なのか?それに答えた書がトーラーであると言って良い訳であろうが、トーラーの何処に明確に書かれているだろうか?その答えは無いと言ったら早いだろう。本当かどうかは、トーラー=ほぼ同じ内容の旧約聖書を隅から隅まで読んでみれば良いのである。そんな時間は無い?それならそれ程重要な問題では無い様だから放って置けば良いでは無いですか!時間が出来た時に読んで下さい!神が居れば信じるし、居なければ信じないですか?定義されないものを幾ら居るとかいないとか言っても始まらないではないですか!古代の先人が神と言う言葉を使いながら何を訴求しているかを知ること方が大事だと思いませんか?
ところで、人は銘々生きて行く事が絶対条件であろうと考えて良いのだが、その絶対条件から眼を逸らそうとトンデモナイ思考をさせるものが存在するという事をご存じだろうか?現実の世界は理不尽な理由で命を奪われたり、思い残しのあるままに亡くなったりする事も少なからずあるだろうが現実の世界で処理しきれない事に目を付けてと言う言い方になるが、それはこの世に対してあの世を想定してそれに託す考え方である。現実の世界にない事を想定する事は全て架空の事である。矢張り現実の世界が如何に過酷で矛盾に満ちているかという所以の事なのだろう。ところで、トーラーは矢張り幾ら頑張って読んでも神がどんな存在なのかを説明している訳ではなさそうである。トーラーは編集の経緯で定義的記事と定義された対象が殆んど同時乃至時間的な逆転もありながら書かれている場合もある為我々は戸惑う書かれ方もされているいるので、注意しながら読む態度を維持しなければならないであろう。
その上で課題になっている事項を探し確認すればどうだろうか?

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