| 日本における知の生産者達が気をつけなければならない事は、何故当該の知が必要であるかの根拠を明らかにしつつ自らの関心の在りどころにも同時に明らかになる様に描写して述べなければならないのである。何故なら、知の生産者達が往々にして陥りがちな一般的な正しい議論等と言うものはこの世に存在しないのだと言う位の気概で、自らの関心の在り方に応じた知が存在しそれを見付ける態度を持たなければならないのである。又知とはその様であって十分なのである。自らと対象との緊張関係で成り立つと言う有機的知の在り方が学ぶに値する知の姿であると理解しなければ、知自体の在り方も見失う事にもなるのである。知に一般的な関心などないのである。あったらそれは教養的なものでしかないのである。自らの立場を明らかに出来ない知は、それ自体を疑ったら良い位である。この理屈を能く理解できないで知に臨む事は机上の空論を心掛けるに等しいと言えるのである。/…… |
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