מבנה

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2016年3月28日月曜日

205)私が何故個性に拘るのか?

私は宗教が自己の正当性主張の為に信者に個性を否定させて一色に染め上げる事は如何なものかと思うのである。人が自分の生を全うする事が生まれてきたものの務めではないだろうかと強く思うからである。自分を殺して他者に染まる必要など毛頭無いのだ。喩えその宗教に殉じる気持ちがあろうと、自己を抹殺するどの様な宗教にも与しないだろう。私は自己とその正当たる所以のものとの出会いは自己と言う個性があってこそであるとしか思えないので、真実などと言うものがあるとすれば出会いにしか見る事ができないと思っているのだ。その方法取っていることが更なる新たな世界を作る事に繋がると思っている。ユダヤ教はそう言う循環的思想回路を持っていると言えると思うのである。私に信仰などと言うものがあるとしたら、個性に基づく創造行為があって初めて成就するものと考えている。そうして初めて人間らしい生き方もできるのであろうと信じるのである。私は只生きるだけでなく個性のありったけを振り絞って創造に賭けている所である。これが私の精一杯の信仰と言うものである。この立場から全ての創造的な人々を応援もしたいと思うのである。繋がりたいと思うのである。

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