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「神=Elohim」は明らかに人格神として出発したのであろう。しかし、ヘブライ人は巧みに定義し直しながら、発展させて来たのだろう。人格神を決して否定はしていないのである。カナンで既に成立済みの「女神Elah(単数)」を族長達の体験を通して「El(a)ohim(男神〈複数〉風)」に作り変えたのであろう。ここにアブラハム的男神原理とカナンの女神原理の融合を見る事は出来ないだろうか?次に「YHVH(Adonay)主」でもう一つの定義「HYHパアル態(在る)一人称未完了➕パアル態(在る)一人称未完了=ピエル態(造形する)三人称未完了YHVH」である。YHVHはElohimで設問された事「力の源泉は何処に?」に対する答え「造形に答えを見出す」の様な関係になっていると理解して良いのだろう。 ヘブライの神が面白いのは、問いと答えの両方を用意されている点であろう。このプロセスを膨大な歴史的時間を費やして行なっている事なのである。それをトーラーに記述している事が驚愕するのである。 |
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