| 「信教の自由」と言う言葉があるが、これは何を信じても安全だと言う訳ではない!宗教(複数)が十分政治化した時の妥協点である事を忘れてはいけない。宗教がシェアされるものと認識されて、宗教の市場化市場分割が必要になったのである。宗教が市場化したのである。信仰の自由は全く自己責任である事には変わりないのである。信教、信仰の何より前に人は生存するものである。人は生存を全うすることこそが何を信ずるにも前提であろう。そして、信仰の自由とは宗教の安全性と賞味期限を保証するものでは全くないのだが、そういう事に対する、免疫が薄いのは何故だろうか?特にご婦人に多いのではないだろうか?女性自身が女性史を見直すべきではないのか? |
0 件のコメント:
コメントを投稿