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2016年7月4日月曜日

355)(旧約聖書)と新約との根源的不連続性

常に新しい事ばかりかんがえている事は出来ないのは当たり前!しかし、新しいものを作るのは更に難しい!それを難しくなくする方法がある!作品に満足することである。トーラー冒頭にそっくりその通りの事が書いてある。
翻ってトーラーを幾ら引用しても知っていても一つも賞賛するものではないのである。トーラーを幾ら引用しても無意味である。ユダヤ性の証明には全くならないばかりかその様な態度がユダヤ性の理解から遠避けるのである。習慣とか習俗を幾ら真似したところで何の意味も価値もないのである。ユダヤが積み重ねて来た問題の所在と処方を理解しなければ空理空論の繰り返しである。
新約が指摘する旧約とは抑何なんだろうか旧約に値する事は何を指して言ってるのだろうか?「モーセの十戒」の事なのか?そうなのかもしれない。しかし、「モーセの十戒」はトーラーの文脈の中では本筋から外れていると言うか、モーセの立場はあまり根源的位置にはいないのである。トーラーの文脈では奇妙な位置付けになっているのである。

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