| モーセがとうとうパレスチナ入域を果たせずヨルダン川対岸で亡くなったことはモーセに何某かの過失があったのではないかと古えの賢人は考えたが、思い当たるものは無かったが強いて言うなら、過失に対する言及ではないがアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神に当たる表現即ち「モーセの神」と言う表現が見当たらないことである。偶々なのか記載を忘れたのか?はっきりした理由があったのだろうか?矢張りここの神は「Elohim」がないのである。 ここは「Elohim」の語源に立ち返って考えた方が有益であろう。先ず「El」を「神」と訳すと意味が遠くなってしまうだろう。「El」が神の意味になる前の能力位に留めておく方がよさそうである。能力とは人が生きていく為に発揮する知恵、強い意志、冷静な判断の事である。 |
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