| 近・現代人は主観&客観などと言って、客観視の方が正しい見方などと思っているのだろう。トンデモナイ!人は何処へ転ぼうと主観的な視座は捨てられないものなのだ。所がいつの間にか主観の内部に澄まし顔で客観と言う他人が居座っているのである。それも質の悪い客観主義が。人は自他の区別がつかないらしい。人は岐路に立たされた時に寄って立つ所はどの様に選択するだろうか?客観主義が無難に振舞ってくれるからなのだろうか?しかし、私はトーラーの学びから人は主観からしか学びは得られない事、満足も主観からしか得られないという事、なのである。どの様な満足も主観がそこに噛んでいなければ、価値はないも同然であるということなのである。 |
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