מבנה

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2017年3月2日木曜日

学びは生きるに等しい営為

何事も学び続けたら良いのである。学び終わって卒業する事も全くその必要はないのだ。学びを卒業してしまうと、一番良くない事が必ず起きる。学ぶとはこう言うもんだと言う固定観念が出来てしまって、更に学ぼうとすると脳がもうこれ以上は学ぶ必要がないと言う観念が支配して学びが如何に有機性を持っているものを、学ぶべき事が限りなく控えているかが解らないのか蓋を閉じてしまう事になるのである。学ぼうとしない脳は自己の正当性だけを演繹、敷衍するだけで事足りると勘違いするのである。その典型的な例は教育への道、福音への道の誘惑である。それは学ぶ事が狭い体験だった事実があったかも知れないのである。トーラーは知識についての警告をエデンの園のエピソードで行なっているのであるのに、その様な学びが出来ないのが宗教関係者に多いのはどう言う訳なのか?人は有機体の生物ではないのか?だから学びには限りがないのは当然である。だから、学びには終わりがないと言ったら早いのである。敢えて宗教的な言葉で言えば、学びを自ら断つ事は自ら命を断つ事に等しいと言えるのである。
人にとって学ぶとは生きる事に等しい営為と言える。従って老いたら学びが終わりでは決してないのである。大概の日本人はここを勘違いしているのである。年を取ると大概の人間は死ぬまでの時間を持て余して正しいと思われる事に手を出したがるのである。

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