| 人は何が悪かったのかと見直す事が出来る可能性を持っている動物である。しかし、社会はそれを認めようとしないだろう。一人の人格は生まれて死ぬまで同じで人格の更新など出来ない事になっている。何か失策を犯したら責任は後継人格が受け継がなければなならない。これが可笑しいとかは言わない。当然の事だと思っている。悪かった事を反省するチャンスは与えるべきだろう。但し、悪かった事の反省が上わ部だけでない事の証明を誠意を持って果たさなければならない。誠意とは工夫を要する。どう誤っていたのかの説明を的確に行なう必要があるのだが、そうは簡単ではないだろう。幾ら「そう言う積りではなかった」と言ってみた所で通用する筈もない。 |
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