| 「偽ユダヤ人」と言う如何にも尤もらしい表現が横行している。この言葉は矛盾に満ちている。先ず何らかの本物のユダヤ人を想定しているのだろうが、ユダヤ人が抑も何の基準を以って本物と認定するのか?トーラーへの信仰、世界観を持った者がユダヤ人であるとすれば、キリスト教徒はどうなのであろうか?キリスト教徒は旧約聖書を持ってはいるが新約聖書の前史との扱いであるので故意なる読み方をした結果旧約との読み替えを行なったのである。キリスト教がイエスが啓示し、ユダヤ教に対峙するものである以上、キリスト教はユダヤ教ではあり得ない!世界観も何もかも違うものである。そう意味ではキリスト教徒こそ「偽ユダヤ人」かも知れない。もう一つアブラハムの血統でない者が「偽ユダヤ人」と言う言い方はどうか?だったら血縁ではない信仰を持つ者との関係は?ユダヤ人とは既に血縁は形ばかりだとトーラーの中でルツ記などで述べられてはいないだろうか?寧ろ我々が学ぶべきはトーラーを更に深く核心へと降りて行くことではないだろうか?血縁非血縁はあまりに瑣末過ぎはしないか?何と卑怯な!知らない者達に偏見の種を植え付けるには格好の屁理屈なのだ。この場合パレスチナアラブ人難民に対する擁護の論理が隠れている事を見逃してはならない。確かにそれはあろうが、それはテーブル上で解決すべき問題点だったのであり、武器を取ったのはどっちが先だったかと言う問題が残っているのである。ユダヤは我々には学ぶ対象で十分ではないか?!それとも学びは終わったのですか? |
מבנה
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2017年6月15日木曜日
| 「偽ユダヤ人」と言う概念の愚かしさ! |
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