| 私は「偽ユダヤ人論」を批判してきたが、このところ奇妙な沈黙が続いている。沈黙ではなくて、尻尾を巻いて逃げ去ったのかも知れない。「偽」は誠に便利な接頭辞である。ユダヤ人を分断しようと言う魂胆が見え隠れしている卑怯極まりない言いっぷりではないか!何が本物、偽物を身勝手に決め付けるのである。こう言うことはアイデンティティーに関する事なので他人が口出しすることではないだろう。又、偽ユダヤ人論を以ってパレスチナ問題を解決しようとするのは全く別問題であろう!新たな差別を対置することになるからである。パレスチナ問題は高次、精緻な解決が求められる筈のものである。その為には全当事者がテーブルについて真剣に話し合う事である。その必要性の認識が世界が見守る事なのではないのか? 「偽ユダヤ人論」とは如何にも尤もらしい議論に聞こえるが、全く為にする議論である。いずれ差別の核になり得る危険性があるのである。「偽ユダヤ人論」は静かに地下深く眠らせたいものである。 |
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