| 私は記憶力を初め一段と老化が加速してしている様だ。トーラーの立場に立ってみれば、これを残したヘブライ人の先祖達も同じ事なのだろう。トーラーの結実は子孫にこそ実って欲しいのである。どうやったら覚えて呉れるだろうかと思い悩んだ事であったろう。宗教は怪しげな呪文とか秘跡とかではないのだ。トーラーは初め朗唱するものであった。抑揚をつけて即ち音楽性を取り込み代々伝わる様にした。又記念日のある物語には祭り、行事が行われた。又毎週シャバットにはトーラーを一年で終わるように小分けにしてシナゴーグで集まって朗読した。ユダヤ教とはこの覚える事に集中したのである。怪しい事など一つもないのである。シナゴーグではトーラーを覚える事もさる事ながら、ラビを交えて様々な議論を交わし、個性磨きの為の脳トレーニングをするのである。日本人にはハードルの高いディベートを毎週行なうのである。 |
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