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2017年8月11日金曜日

トーラーの資料としての弄り方愉しみ方

トーラー・聖書は先ず文学資料だった頃の表現物に戻して味わってみることが出来るかが重要な面白い作業という事になるだろう。それが宗教者の手に掛かって如何に転換されて行くかを観ると意味が能く解って来るのである。古代の資料が手許に無くても問題は無い。現在に残ってるトーラーの記事をエピソード内で時系列的に因果律が整う様に入れ替えるだけで済むことなのだ。常識的な因果律に直すだけなのだ。宗教者が編集した結果が宗教的表現として今に残ると言う事になる訳である。宗教者の編集が新たな表現主張となっているのである。
こんなことは論文を書こうとしている下心のある輩にはマネのできない事であろう。私の様な在野でノビノビやってる者の特権なのである!
資料の時の文章は自然と因果律が平常な筈である。それを宗教的な表現に変更する為に因果律を逆転した訳である。表現の在り方の工夫だった訳である。

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