| 仏教はヒンドゥー教の流れを継いでいるが、仏教が成立した後にアレキサンダーの東征があり、軍隊と共に文化も流入した。アレキサンダーの後継国家が中央アジアに出来た。(。バクティア国=現在アフガニスタンバクティア県=イスラム圏)そこでギリシヤ文化と仏教が融合した。仏教が仏像を造る切っ掛けはヘレニズムが関与していた。ギリシヤ文化は征服先にヘレニズム文化を産み出したが、仏教に対してもヘレニズムの影を落とした。キリスト教に磔刑像を残したのも、仏教文化に仏像文化を残したのも、アレキサンダー東征の影響と言っても良いだろう。キリスト教の成立にもヘレニズムは深く関与していた。しかし、ヘレニズムは一地方のローカルな宗教運動を咀嚼して解釈したのだろう。これを改変して支配原理にするにはモッテコイの原理だったかも知れない。仏教も国家宗教になって行った事と符合する点がある。左様な意味で宗教が世俗の観念領域に刺激を与える事があったのだろうと感じるのである。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿