| クリスチャンは本当に旧約聖書と新約聖書と続きものとして捉えているのだろうか?若し、質的な違いに気付かないとしたら、相当重症な鈍感症ですよ!何処が違うかって?旧約聖書即ちトーラーは一つのテーマに基づいて凡ゆる角度から追求している。尚且つ凡ゆる概念とリンクさせて新しい世界観の提示を行ない、現状に様々に警告を放っている。新約聖書はユダヤ教の内部的でドメスティックで通り一遍な批判でしかない。それもユダヤ教にあるまじき禁じ手を使用している。それは何か?奇跡の多用である。奇跡を行う事はユダヤ教の本筋ではない。トーラーには奇跡の記事が登場するが奇跡には警告が発せられている。トーラーの中で奇跡を多用しているのはモーセだった。モーセの顚末をイエスはトーラーを読んで学ばなかったのだろうか?明らかに怠慢とは言えないだろうか?モーセはカナンの地への帰還を果たせないと言う制裁が待っていた。制裁とは即ち死でありました。 |
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