מבנה

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2013年8月3日土曜日

閑話休題

同じ「聖書」と言う書物を読みながら、人によりそのテーマの受け止め方は180度違うものになってるようです。読み手のスタンスの違いなのでしょう。スタンスの違いが顕著に現れるのはユダヤ教と残り二つ、キリスト教とイスラム教をひとつの括りに出来ると私は思っています。キリスト教とイスラム教は大きくヘレニズム世界の成立後に出来た宗教であることが共通しています。キリスト教もイスラム教もユダヤ教を自らの宗教と関連を認める事があっても、どの様に違うのかを、同じ神を信じているのに何故違うのかがどうしても理解出来ないようなのです。私は私なりに聖書のテーマは生存責任と言う概念に辿り着いています。ユダヤ教では人が生存する為には自己責任に基づくとの明確な自覚を持って聖書を書き残している、即ち自らの子孫に残すべき遺言として書いたと思っているのです。ユダヤ教に改宗すると言う事はユダヤの先人の子孫になると言う事に等しいと言って良い訳です。日本人にとって宗教とは個人的な救済に主眼ありますから理解しにくいかも知れませんが、宗教とは膨大な記憶を如何にパッケージし効率的に伝達するかと言って良い程です。
  
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