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2014年1月28日火曜日

トーラーとヘブライ語     

私がトーラーの構造的解析が必要であると感じた切っ掛けの一つは、❶トーラーをヘブライ語原典で読むという機会を得た事にありました。今から約10年前に「聖書ヘブライ語を学ぶ会」の存在を知り、参加出来た事です。全くヘブライ語は初めてでしたが、基礎から先生に教えて頂きました。文法書では得られない知識を多く教えて頂きました。徐々にヘブライ語に慣れて行くに従い、それまで得ていたユダヤに関するバラバラだった知識が徐々に有機的に結び付いていったのです。どんなにユダヤについての初見の知識に触れようと、「さもあらん!」と理解できる様になったのです。   これは貴重な体験でした。私の様な不信心者が倫理を口にする為にはユダヤ人が育んで来たトーラーを客観的に合理的に理解する必要がありましたが、ヘブライ語学習によってそれが可能となったのです。  
❷ トーラー(ヘブライ語聖書)の凄い処は各物語と書かれてある言葉と行間を組み立てている構造とが有機的に緊張感を持って結合している点にあります。これは現代の小説の手法にも滅多に見るものではないと思います。多分ないと思います。特に私が構造と言っているのは或る訴求点があるとすればそれを直接言葉で訴えるのではなく物語の関係の中で警告を発したり、容認したりする関係を通して訴えています。現代の論文等は抽象的単語を使用して論理的に述べるところを古代の時間進行においては即ち古代の伝承作業においては物語と物語の転換、転質を通して訴える技術を使っていると言う独自の手段を持っていると思われます。
❸「ノアの物語」や「バベルの塔」の物語は一見挿入的な物語である様に見えていたのですが、ストーリーの不連続を感じさせるところですが、さにあらずです。寧ろ必要な物語として生きている事が解ります。「ノアの物語」は宗教教団の祖形としてえがかれており、出エジプトの質的な導入の役割を作っていると言えると思います。 「バベルの塔」は神のあり方様態についての言及であり、決して神は天に居る等と言う存在ではなく人の生存の為の力の有り様を述べている事が解る物語である事が解ります。神は上の方には居ないと警告を発しているところです。更には、人間の価値観の至上のものを考察していると言う意識が垣間見えます。   

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