| 命名と創造の境界が近現代の感覚からすると不鮮明に捉えられるでしょうが、人にとって命名も創造も有益性と認識性於いて何等変わるところがないと言うのがトーラーの見方であると思います。何故なら、トーラーに於ける創造行為は名前を言うだけで実現出来ていることから見える事です。命名が則ち創造となっている事に十分留意する必要があります。 神が創造すると言う事はそのまま人の認識をなぞっている事と等価である事には早くから気が付いていましたが、命名もその通りなぞり乍ら創造していた事に気が付いたのは迂闊乍ら、最近になってからでした。いずれにしても、認識なくして命名なし、命名なくして、創造の物語なしだったと言えます。 命名と創造の同質性を根拠にトーラーを書いた古代ヘブライ人の知性は非常に高い水準にあったことを窺わせます。この事自体に驚きます。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿