| 「あの世」とか「極楽」とか「地獄」や「天国」など総じて「亜次世界」は意図的に作られた概念です。如何なる倫理観も「この世」に属するものです。世俗の権力が倫理観に立ち入って処罰したりするのも、「この世」の要請に基いているものです。逆に「亜次世界」も意図的である理由はこの世での要請を満たすために編み出した「喩観念」です。この「喩観念」は過去においてはとても効率的に機能してましたが、逆に「喩観念」の虚構によって矛盾の拡大を引き起こしているのが現代の現象でもあるのです。現代は益々古臭い「喩観念」に縛られて矛盾をおかしている時代と言えます。人々が「生きる」を見失っているのです。 日本の怪談はよく書かれた物語が多いですが、書かれた背景には仏教的観念を具現化したものになっています。何故、幽霊に足がないのでしょうか?魂が既にこの世から殆んど離れているからです。何故両手が前に品垂れているのでしょうか?魂がまだこの世に未練を残しているからです。要するにこの世とあの世との間に宙ぶらりんの状態だと言う概念を視覚的に歌舞伎や浮世絵などに表現したのでしょう。何れにしても良く考えられた描写ですが、何れにしても仏教的物語を演繹したものですから、実在ではあり得ません。 「あの世」とか「極楽」とか「地獄」や「天国」など総じて「亜次世界」と言う観念形態はほぼ共通した特徴があります。それは「この世」の未解決の問題を先送りして封じ込める役目を持っていると言う事です。先送りとはこの世で解決出来ない事は解決しない、永遠に葬ると言う事を意味しています。恰もあの世で解決するかの様に思わせています。また、この世の善悪はあの世に結果を残すと。 |
מבנה
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2014年9月7日日曜日
| 古風な「亜次世界」の虚構に苦しめられる現代 |
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