| 日本人の宗教感を観察すると、其々の人の生き方に無関係に外形的に(非内在的に)力の源泉を設定しているようです。ですから、神と言う存在の有無が問題になったりします。矢っ張り神様は居るとか居無いとかの表現を許してしまうのでしょう。しかし、トーラーの神は契約神である為、人が当事者であって極めて神の存在は選択的契約神です。極めて固有神です。既に在る神と契約するのではなく、人の生き方の源泉に神の存在を認めているのですから、トーラーの神は定義がかなりハッキリしています。日本人の神感は外形的であるのに定義がほぼされておらず、従って人其々に膨らませて、言ってみればご都合に合わせて解釈されています。宗教家のレベルでさえその様にまちまちである事が見られます。しかし、一旦トーラー=旧約聖書に目を通した事があるのならその様な曖昧さを残す事は失礼乍ら恥ずべき事であろうと思います。 トーラーの神の定義は何所でなされているかの事は謎解きの様になっていますが(決して謎解きではないのですが)何所でどう回路を間違えたのかトーラーを奥に奥に、手の届かない遠くに置く事になってしまいました。神を遠ざけた何かの力が働いたとしか思えません。根本的に読間違いであることはハッキリしています。 |
מבנה
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2014年9月5日金曜日
| 宗教観 |
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