מבנה

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2015年1月1日木曜日

161)一年の計は元旦にあり!トーラーの計は創世記にあり!「トーラーの演繹的構造」

  
本日2025年元旦を以って私は血縁はないながら独立のユダヤ人になります。割礼をしてくれるラビを知らないので暫くはこのままで行きますが、異邦人改宗者として正式改宗までトーラーの勉強を続けます。帰還法によるイスラエル移住は考えてません。シオニズムに純粋に心酔してはいませんから。シオニズムに反対もしてませんが。要するに、シオニズムというのがよくわかっていないのです。イスラエルに住んでるユダヤ人の中にもシオニズムに反対しているユダヤ人もいると聞きますから、掴み難い思想である事は良く解ります。私は日本に来たイスラエル人と交流を深め日本移住を援助します。
ところで、創世記冒頭に神はこの世界を作った様に書いてますが、それだけでで終ってしまうとトーラーは殆んど浅薄な物語集に終ってしまう事になります。太古のヘブライ人の頭脳の程度を見透かそうと企む輩が喜ぶ現象に見えて来ても仕方のない事になってしまいます。しかし、創世記冒頭はその様な浅薄な物語ではありません。よく考えて見て下さい!人が対象化する前に創造など出来るでしょうか?対象化の前に創造が先行することなどあり得ません。神の創造とは取りもなおさず、人の認識にピタリと一致しているのです。神の創造の物語とは子供騙しのトリックだったのです。では、それは嘘だったのでしょうか?否、嘘をつこうとしている訳ではありません。何を言わんとしているかと考えるべきなのです。実はこの物語に託して人の完璧な営為とは何かを鋭く答を提起しているのです。この様に考えれば後に続く物語が創世記冒頭との対比で読み解ける様になっているのです。ですから、創世記冒頭はトーラー全体を見渡す為の出発点であるという事なのです。トーラーの計は創世記冒頭にあり!とはこの事なのです。
  

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