| 私はこの齢(還暦を数年過ぎ)になっても脳の錆び付きを多少はあります(短期記憶の衰え)が、スッカリ錆付いてはいないと自負します。何故かと言えば、自分にはトーラー研究と言う寿命が尽きるまで続けようとしている燃え尽きそうもない核燃料がいつ迄も燻り続けているからです。私は戦後に生まれた団塊の世代と言われる世代に属しています。最早、団塊の世代は高齢化世代にさし掛かっているのです。団塊の高齢化世代と言って良いと思います。しかし、高齢化世代は返上したいと思います。トーラーは何故か脳を洗ってくれる様です。洗脳ではありません。トーラーは脳を錆びさせない潤滑油の如しです。錆び付いた脳に慌てて潤滑油を注している訳ではありません。トーラーの世界観は老いを払拭する力があります。 トーラーにおける世界と言うものは完成されたものではなかったのです。世界は未完成のまま人間に与えられたと理解しているので、混沌の地を整理し、作り変え、拡幅する余地が残されており、人間の営為はその目的の為に使われるべきものであると言う捉え方です。ですから、私にとっては脳が呆ける迄、命が尽きる迄し続ける事の出来る研究がトーラーの研究と言う事になります。 さて、研究の後に来るものは何かと言えば、演繹的作業=世界観の拡張、豊富化を子孫に残す事です。トーラーは研究だけに留まらず、私を世界に押し出して、行動に誘います。世界の拡張と言う営為を展開するでしょう。信仰などというお題目は私には無関係です。唯、創造有るのみです。 |
מבנה
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2015年3月30日月曜日
| 211)トーラー研究と言う燃え尽き難い核燃料 |
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