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2015年5月9日土曜日

147)非進化論が自重する事、自省する事

或半可通氏にとってはトーラー(旧約聖書)は進化論とは相入れないなどと錯覚している様ですが、とんでもありません。進化論は科学的知見です。人間に共有された知識です。寧ろ進化論は人間以外の動物には当て嵌まることかも知れないのです。人間は最も進化出来なかった動物の中では進化劣等生だったと言えないでしょうか?全ての動物には特徴的な特化した部分があり、その特化部分を最大限生かしきって生きる事に励んでいるのです。ところが、人間は殆んど特化した機能が無いのです。どの動物も大なり小なり持っている脳と言う物がが少々大きいだけじゃないですか!これが特化と言えば特化かも知れません。たったそれだけの事です。さて、トーラーから学べる事はこの脳位は最大限生かして生きろ!と言ってるに過ぎないのではないでしょうか?三族長の内ヤコブは山羊の飼育に知恵を発揮して見事に成功します。この様に頭脳を使う事が人が生きるに必須の条件ではないでしょうか?即ち人間は非力な分自覚して頭脳を使って生きよ!と言う主張をしている事なんだと思います。
安易に進化の頂点に居るとかの推論も出せませんし結論も下せません。とんでもない思い違いだったかも知れないのです。進化論はひとつの物の見方の一つにすぎません。しかし、地球上の生物の在り方を考える為の知見のひとつである事は間違いありません。只、人間の存在が頂点であるとかの結論は安易に引き出せないと自覚しておかななければならないと思います。人は自らの立場を十分弁えろ!とも忠告されていると言えるんだと思います

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