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出版不況とは私はテッキリ単なる出版社の泣き言だと思っていたが、どうもそれは本当だったらしい。本を如何に魅力的に作るかと出版社は腐心していたのだ。しかし、本を読む人口の絶対数が減ってしまっていたのだから、今後それは加速して行くのは間違いない。今後は読書人口を如何にシェアしていくかなのだろうが、シェアする為には良い本を作る事が必要なのだろうが、良い本とは出版当事者の主観が大いに働く部分であるし、価値観も入るだろうし、社会的な役割り意識の違いもあるだろう。 私は人は常に闘っている筈だという認識があるので、その戦いを、闘いを援護する役割りを出版が担えると思っているのだが。一昔前の出版社は文科系の人材でなりたっていただろうし、闘いなど肌に合わない概念だったのかもし知れない。最近、フランスの出版社がテロリストに襲われた痛ましい事件があったのだが、それに対して単に「言論の自由」と云う概念ではテロリストとの対抗は出来なくなっている事をハッキリ知らなければならないだろうし、出版社自体が別の視座を以ってある意味の闘いをしなければならなくなってきているのだと思っています。視座の転換は先ず本を作る側自身の転換と云う自己変革も必要かも知れません。要するにテロリストと出版社とが同じ視座であると言ってる訳ではありませんが何処か通底している観念のあり方はないのかとか出版社の方が社会に対して十分批判軸のある観念の持ち方、即ち視座を持てていたのかを、問われても良いはずであると言うのは言い過ぎでしょうか? トーラーには過去に宗教改革があった事を匂わせる箇所が何度も出てきます。テーマを維持しつつの葛藤が滲み出す部分があっりながらも、無警戒なな部分もあります。書く事と出版する事は無風で穏やかな行為とは違います。社会的な位置づけに於いては一石を投じる事に等しい事です。だから、砦からの視座が必要なのです。それはそのまま闘いをする事に繋がって行く事になる筈です。 |
מבנה
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2015年9月27日日曜日
| 263)「書く事」「出版する事」「トーラー」 |
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