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戦略立案は精緻な分析と利害感覚である。過剰な利害感覚に捉われると隣国に脅威を与えるのであるが、戦略立案に関与しやすい政権担当者は戦争抑止の美名の下に軍備増強に走り、それが更に隣国への脅威となる悪循環を生むことになる。戦略立案に携わる者は軍備過大評価する事なく多角的な国家利益を模索する事でなければならなかったのであるがあ、日本にはお行儀の良い人材は育たなかったのである。又その様な人材がいたとしても圧殺されるしかそう言う方向にならなかったのは、日本人の限界と言うしかないのである。戦略立案者を専門に人材養成をしても良いくらいなのに、そんな気配すらないのである。これには心底驚いてしまっても良いのである。先ず、国家経営をこの国は失敗した経験を持っている事を真摯に認め受け止めなければならないのである。その為には価値観の違いを越えた分析をしておかなければならないのである。 |
戦争を起こすのは無能の証拠であると断言します。<戦争は色々な意味で愚かです。それを美化する事は狂気以外何ものでもない。狂気とは観念の転倒である。国民を不幸のドン底に貶める事が、公権力を利用した私権の肥大化以外にないのである。その様な者たちに国民の生活を任せる事は愚かな国民であるし、夢を託す事は狂気である。明治維新の動機は何だったか?日本の近代化?美しい所ばかり観ても解らない。ついでにもう一つ当時の維新を進めた当事者達は西欧の植民地主義に恐怖した事があったかも知れない。しかしながら、維新後、起きた事は植民地よりも上を行く無批判の西欧礼讃だったではないか! あれだけ西欧を学んだ筈なのに、最後には惨めな敗戦であった。日本は物を観る目がなかったと云うしか無かったのだろう。矢張り権力が途切れたという事が大きかったのであろうが、維新の動機と維新後の経営は一貫性が保てなかったのであろう。 |
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