| 大衆が喩的説明に酔っている事に満足してはいないだろうと思うのであるが、大衆はその先の構築に踏み出せないのは何故なんだろうと思うのである。宗教は一つの覚醒を齎すものであるので、エジプトから脱出してからカナンに入域した後は建設をしたのではなかったのか?王国は解体させられたのだから、更に建設は終わる筈がなかったのである。現代においても同様である。建設は絶えず終わりを知らず、人に課題を相変わらず突き付けている事を知っておかなければならないのである。神様が居るとか居ないとか寝呆けた事を言ってる暇はないのではないのかと、強く思うのである。宗教の役目は終わったと宗教の方から言った方が誠実であろう。唯一残されている仕事は喩からの解放である。 |
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