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私は元々中国地方山陰の生まれで、父の仕事で関東地方で育ったのである。従って言葉は標準語であり、且つ関東方言であるので、山陰の親類との交流もあり乍ら、南西関東の方言を喋っていたのであるが、同じ単語に観える言葉でも全く違う言葉があったので、言葉の観察に材料はあったのである。一例として「偉い」と言うのは関東では人格的に偉いと言う意味にしか使わなかったが、山陰の親類は自らの体について疲労感を表現するのに使っていたのである。元は同じ語源なのだろう。事程左様に言葉は環境によって、或いは用法という重力場によって変化を被ると知ったのである。 言葉というものは大なり小なりこの様な経験をするのではないだろうか?!例えばヘブライ語で「El」は「力」という意味である。更に言えば「能力」と言ったら良いだろう。「神」と言う意味でもある。更に「力」が第一義的であると私は考えている。更に言えばトーラーは実に能く古層を保存しており、何らかの痕跡は遺してあるものである。推測であるが、宗教的に第一義だったものをを「神」に屈折させたのではないかと考えている。神の概念にたどり着く為には一度か数度、女神「Elah」に踏み入れている筈と考えている。 |
מבנה
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2016年2月20日土曜日
| 423)言葉の変化について |
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