מבנה

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2016年3月23日水曜日

192)大人の読み方、小児の読み方

トーラーは古層から積層した痕跡を見る事が出来るがこれが同時に表現の手段にもなっている。古い層はそのまま生きているのではなく、古層が位相を変えて範疇を表現しながら、生かしながら新たな主張を展開すると言う手法を採っている。トーラーが文学である事の証左でもある。典型的な例が神名「Elohim」である。「El=神」は恐らくカナン的に「Elah=女神」として成立していたのでは無いだろうか?その後それを否定するアブラハム的男性原理の改革派が席巻して行くに従って、「Elim」を飛び越して「Elahim」を効果的に採用したのではないだろうか。「Elahim」はアクセントの移動の為に(a→oとなり、)「Elohim」として定着したのだろうと考えている。「Elohim」とは歴史を一身に背負った「人間の諸力=能力」の謂である。その為に複数形をしているのだと考えるのである。従って、神とは数の問題では全く馴染まないので、人間にとって外在的に捉える様な性質の事では無いと言わなければならないのである。未だに外在的にしか捉えられない人が居るとしたら、サンタクロースをずっと居ると信じている子供である。早い時期に小児科で診てもらったら良いのである。小児科が恥ずかしければ精神科でもいいのだ!
神は数の問題では全くないのだから、「Elohim尊厳の複数説」はお門違いと言ったら良いのである。何故なら、尊厳の複数形とは神が単数である事を前提にした議論であるからである。

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