| モーセの記事の最終局面で、モーセ自身はヨルダン川を渡河する事なく亡くなってしまう。カナンへの入域は果たせなかった。何故か?トーラーの何処を探しても「モーセの神」という表現は出て来ない。問題はここにあるのではないか?モーセは宗教的な継承の役割りは出来たのであったが、本質的な素材を提供はしていないのである。間違いを犯した迄は行かなかったが本質的な問題からは外れていたと言うべきである。モーセは後のイエスにも通じる共に共通した特徴がある。それは宗教内的な拘りと奇跡への依存と多用である。奇跡とはサプライズではあっても建設行動に関与するものではない事である。確かにモーセは大事業をやってのけたが族長達の列に加えられる事はなかったのである。「モーセの神」を書き忘れたのだろうか?否!それは違うだろう!逆にモーセにその資格は無いと断じられたのである。トーラーはこの様な書き方をするものである。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿