| 私は過去にキリスト教を経験したが、最早キリスト教の批判者になっているのであるが、どの様に真っ当な批判者たり得るかが当面の課題である。キリスト教が総てを取り仕切る時代は既に終わっているのに、未だキリスト教に痺れている大衆が居ると思うと、キリスト教が大衆の自立の切っ掛けを妨げているのではないかと思わざるを得ないのである。キリスト教では前に進まないのである。良くも悪くもである。全く思考の停滞であるのだ。世界観が閉鎖されているのだ。反面、トーラーの宗教は人の可能性を最大限認めて奨励するのである。どの様な世界を造ろうと企て様と人は人は人同士の約束を立て、作り上げていくしか他にないのだから、それは混乱ではなくて、対等な契約が如何に大切な事であるかをお互いに認識し合う事に尽きるのである。地上で出来る筈の事を精一杯する事である。キリスト教は色々な意味で解決能力を失っているだろう。先ず❶解決能力に関心を向けない事。秩序維持志向が強すぎる事。❷世俗的ヒエラルキーを好む事。❸トーラーを全く読み違えている事。 |
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