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もしこの世が完成品であったら、人は正しい事をするだけに気を遣っているだけで神の代理人に全権を任せるだけの存在になっているのだろう。ところがどこい!世界は完成品であるとの認識はトーラーにはないのである。だから人の役割は幾らでも残されていると考えて良いのである。寧ろ人の存在意義はそこにこそあると言って良いのである。それが可能だとトーラーは言ってるのである。トーラーは批判の書でもある。これこそ権威、権力批判、監視の基点になる部分である筈である。未知とは現代語に翻訳出来ないという意味での未知ということである。未だなづけられていなかったのである。 [出典] |
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