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新約聖書のイエスは確かにユダヤ人だったかもしれないが、私から観るならば相当ユダヤ教の中心地から外れた田舎者だったとしか思えないのである。我々が考える様な田舎とは違うがエルサレムは行ったことがあるだろうがイエスの生まれ育ったナザレは遥か遠く北のギリシア文化の押し寄せるヘレニズム世界の、真っ只中である。我々の感覚から言えば、寧ろ洋風な洒落た流行りの多い文化だったかも知れない。ユダヤの思想を維持するには日々格闘であっただろう。押し寄せる物質文化は悪魔の様に誘惑して来たに違いない。中央との繋がりをアリバイする為にはトーラーの一節でも直ぐに諳んじなければ聴衆を引きつけておけなかったであろう。失礼乍ら言えば。トーラーの暗唱位はユダヤ人なら必須ではないのか?引用など当然の事であろう。的確な引用なら宜しいのだが / |
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