| トーラーはオールマイティであろうか?そうとも言えるが、そうとも言えないのである。それはお前次第で言える事なのである。真実は外在してはいないのである。トーラーは自立した自己とトーラーとの問答がなければ永久に解らないように出来ている。確かに必要な指標には近付き、触れてはいるが、それに触れ方たるや非常に微妙であって、思わず、見逃し易い所にそっと置かれているのである。オールマイティと言う所だけ抜き取っては単なる活字好きには全く解らないだろう。横着者には相応しくないのである。幾ら本好きでも、活字好きでも益々拒絶されるのがオチである。宗教オタクに対しても同様である。そもそもその様な問いを持たない 者には無用の長物なのである。トーラーに体系性求めても無理である。自己が問いを持ってこその己が生きると言うことでそれと同じ事なのである。 |
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