| トーラーの宗教改革痕を探すとトーラーの言わんとする所が見えて来るだろう。それは何処か?①先ず、神と翻訳される「Elohim」と主と翻訳される「YHVH」である。「Elohim」は形は男性複数形である。しかし、Elohimから複数語尾imを除いても、elohと言う出自不明の形が表れて単なる単数形Elにはならない。ohとは何か?ここからは私のの独断場である。アブラハムがカナンの地にやって来る前は女神信仰の地であった事が逆にこれで分かるのである。女神=Elahに強引に男性形複数語尾を付けてしまったのである。何故か?①Elahが神というものを表す全てであった。②カナンの民大衆を相手にアブラハム的思想を植え付けるには経過措置としてElahに諸+能力と言う意味を込めてimをつけたのであろうと考える。Elahのahにあったアクセントがimに移った結果カマツカタンと同様の現象が起こり、ElahimがElohimになったのであろう。②YHVHの出自は出エジプトのモーセが神に名を尋ねたエピソードからであろう。神は「Ehyeh asher Ehyeh」と言った。Ehyehは有るという語根の一人称未完了を二つ関係詞で繋いだ形であるので、意味が強意となって只「有る」と言うより「有るを在らしめる」と言う意味になる。現代語的に言えば「構成する。」「形造る。」であろう。一人称だったものは他称の目的の為に三人称に変更している事が分かる。 ついでに、Elと言うのは神と言う意味と力の意味があるが二つの意味はどう言う関連があるのだろうか?現代人にとってそれぞれのイメージが固定しているだろうから、一瞬にして理解は出来ないかも知れない。しかし、力の方から見ると能力と言う概念を見出せば、能力の意味が近いだろうと解ろうが、族長物語などを見れば族長達の営為は凡そ人の能力(に近い概念)に関する事だと考えれば解るであろう。族長物語は神の概念説明になっているところがある。「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」のフレーズが何度か繰り返される事に注目されたい。 神名を核にして物語を読んで行くと掴めるものがあるだろうと思います。どう言う経緯で神と力が同じ単語なのかは分からないが、能力という概念を仲介することでトーラーの中での働き方が解って来ると思います。 |
מבנה
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2017年3月3日金曜日
| 宗教と改革痕 |
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