| 「老い」は人生の最終局面に現れて死の直前に拡がっている。「老い」は人生というものを狭く考えると可能性の低いものになろうが、血脈が連綿としている事を考えれば却って可能性を拡げる事の出来る時期である。老いてこそ可能な事がある。下手に下達な事には手を出さない方が良いだろう。では何をするか?同じ下達な事のみ思いつかなければ、自己のマイナーな部分を子孫に残すのが良いだろう。自ら子孫のために反面教師になるのである。それ位で十分である。 「老い」なんてものは個人のレベルのものでしかない。人にとって必要なものと考えたら何世代にも渡った規模の強さを行き渡らせることを考えれば本物かも知れない。 |
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