| トーラーは巧みに凡ゆる概念が有機的に関連ができる様に論理網を張り巡らせている。そして、最後の合わせ目、縫い代が何故か最初の創世記の天地創造になっている。ここを解きほぐせば中の詰め物が一気に飛び出して来る様に出来ている。ここが現代人にとって一番危弱に見える所である。近現代がサッサと知的凌駕を果たした部分であるが、だからこそ、トーラーが全く別の関心で描写していた所なのであった。天地創造はキリスト教が最も躓いた所でもあった。トーラーが冒頭早めに出し過ぎた所でもあった。誤読が真っ先に起こった事がキリスト教が起こした不幸の始まりだったのである。何れにせよ、天地創造は全く別のテーマだったのであり、早くここを解きほぐさなければトーラー全体の主張にたどり着く事は絶対に不可能と言って良いだろう。勿論他の物語から気が付いて帰還する事も不可能ではないが、それがトーラー全体の構造に気がつく事によって可能になるのである。それはこのブログの読者の力量にお任せしたいと思う。その方が自らの力でトーラーの森を踏破して帰還して強いパーソナリティになって頂くことを切に願うからである。 |
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