| トーラーの様に大部の書と云うのは読み手にとって、テーマを見失いがちだと思う。その理由は読み手が変に警戒して、と云う言い方も可笑しいが、言葉ひとつ一つに意味を見付けようとして吟味しようとし過ぎて、細かい、ちまちました拘りが森の中に迷い込ませる原因となってしまうのでではないかと思う。木を観て森を同時に観られないからだろう。しかし、私は何とか他に良い方法はないものかと考えて、トーラーを小話の集合であろうと考え、小話を客観的に評価する事にしたのである。先ず小話に分解する事によって、小話どうしの関係が語っている事が段々見えて来たのである。小話と小話の関係が説明が付くと一つの纏まりが出来るのでこれを中話とすると、大体これで一話完結する。今度は中話どうしの比較を行なうと、非常に中話どうしの共通点とか共通点はなくても、範疇の共通性等即ちテーマも見えて来る。こうして中話どうしの緩い連合が出来るから、前半は世界や民族の叙事詩の体裁を取りながらトーラーの最もコアな部分を描いていると判断してみた。後半は前半を引き継いでいる様に見えるが、コアな部分から一旦距離を置き、伝承と云う記憶技術の方に力が入っている様に判断出来た。ここに宗教的位置付けの記述が表れている様に思う。日本人が読むと一番退屈な部分と云われる処である。この様にしてトーラーの整理の方法を見付けたと云えると思う。しかし、これが正しい方法なのか確証は持てないので、ここから得たユダヤ教、ユダヤ人の在り方と照合する事が可能ならば、したいと思っている。トーラーの冒頭より少し後の辺りに或る職業の初めに位置した人物を掲げている部分があり、こう言うところは見落とし勝ちであるが、最初の職業とは開拓者に他ならない。職業とは生きる方法である。即ち、生きる方法を開拓した人物達を称賛しているのである。テーマに最も近接する部分であろう。 |
מבנה
連絡先⬛︎graphico_ss@icloud.comへご質問がありましたらこちらにメールを下さい!療養中の身なれば固定電話は簡単には出られませんので。何卒、お許しください。
2017年7月13日木曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿