מבנה

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2017年8月26日土曜日

私は外在的神像を嫌うのは理由がハッキリとある。トーラーの神は突き詰めれば人の観念の在り方に関わる事である。だから、必ず個体の中で葛藤を経験する筈なのだ。葛藤は個人が選択を迫られる事ではないのか?自己を舞台にした闘いである。外在的という在り方は自己は参加していない事なのだろうか?自己の参加が必須でない自己に関する問題などあるのだろうか?飽く迄も当事者は自分なのではないのか?と言う意味で、自分を除いた自分の問題はないのである。外で起こっている事ではないのである。トーラーの書き方は確かに外在的な書き方をしている部分はあるが、結局は自己に回帰する事だと何処かで言っているのである。その為には学びは絶えず欠かす事が出来ないのだ。抽象的な事が苦手なら常に自らの為に生きているかをふり返る事を欠かさなければ良いのではないだろうか?

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