| トーラーは物語の展開の中で神の定義をシフトしながら自らの主張を述べようとしているのがお解りだろうか?それも二回に渉って。ヘブライ語を学ばれた方は神名に二つの表現がある事はご存知であろう。これら二つの神名は古代のヘブライ人の神に対する定義の痕跡であったのである。一度目は「Elohim」であり、二度目は「YHVH」であった。日本語訳は前者を「神」と訳し、後者を「主」などと訳し分けている。ひとによっては、①「Elohim」が普通名詞で、②「YHVH」を固有名詞であると説明する。どちらも説明として不十分である。私はこれを宗教的主張の内実の差であると説明したい。神、主などと訳し分ける意味などの必然性は全くないのである。 |
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