מבנה

連絡先⬛︎graphico_ss@icloud.comへご質問がありましたらこちらにメールを下さい!療養中の身なれば固定電話は簡単には出られませんので。何卒、お許しください。

2018年2月23日金曜日

Ellen van Wolde
皆さんは生きていて楽しいですかね?まあ産まれたからには取り敢えず生きてるんでしょうけど、何か目的は持ってますか?多少はあるでしょうね!それは他人が似た様な事やってませんかねぇ?自分のオリジナルですか?まぁ折角だから人のやらない事をしましょうかね?オリジナルというのはどういう風に解るんでしょうかね〜?
さて、オランダの女性で考古学者がいらっしゃるんですよEllen van Woldeさんと言って今から何年前でしたか、私が病気になる前のことだから十年位前になりますか。日本の新聞で知ったんですが、日本の新聞はビッグニュースとして取り上げたんですが宗教界では何の事やらでキョトンとしたんじゃないでしょうか。
どういう記事かというと、旧約聖書の冒頭の神が天地を創造したと言う所の創造という動詞「Bara’」は「創造した」ではなく、「分けた」という意味では無いですか?と発表したんです。天と地を作ったのではなく只分けた。と言うんですから天地がひっくり返っても可笑しくないくらいのニュースなんですが、宗教界の反応はどうだったのか私は聞いていないのです。今迄の常識をひっくり返す時って小気味良いと言いますか本当にスカーッとしますよね!
オランダは昔から自由な土地柄でしたから、どんな学説がでて来ても大歓迎だったでしょうね。私も彼女の論文に接したかったのですがオランダ語が御多分に洩れず今一ですから、一旦お預けにして「bara’」について調べてみようとしたんです。でも、いつ論文が入手出来ても良い様に辞書だけは買ったんですよ!Wolde女史の言う様にヘブライ語でも「森から木を切り出す」と言う意味がありました。しかし、Wolde女史の様な意味にはヘブライ語からでは無理です。Wolde女史は考古学者で、凡ゆるセム語系を当たって「分ける」という意味に辿り着いたと言う事でした。Wolde女史の場合は分ける事が創造とかけ離れているのでセンセーショナルな報道になったんでしょう。私はヘブライ語を習い始めた頃ヘブライ語に色々「作る」、「造る」があるが、「bara’」は主語に神しか採らない語であると聞かされていましたので、bara’は意何か意味の変遷を受けた語ではないかと睨んでいたのです。そんな所にオランダからのニュースだったと言う訳です。そこで、私は単純な分けるから一歩抜け出す事にしようと考えたのです。
その為にはもっとトーラーを渉猟してみなければという事になったのです。若しbara’が創造の意味になったのなら、創造に至る行為は何か?を考えた方が良さそうだと思ったのですが、ここを考える時には正直、混乱の極みだったのです。試行錯誤の末やっと思いついた事は「創造の為の分析」でした。創造する為には現状分析が必要と考えたのです。創造とはそういうもんじゃ無いでしょうか?こういう時に漢字は便利かも知れませんね!分析の「分」、「分けるの」「分」、これでWolde女史の主張と繋がったのだと思いました。〜

0 件のコメント:

コメントを投稿